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 簡単韓国家庭料理

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今日は臨時のイズミール会をした。出席者は自称キャサリンとリーさんと私の3人でした。料理上手なミセスリーが韓国家庭料理を作ってあげるといってキッチンに立ちさっと作ってくれたのが、豚肉のロール巻きとなすと豚肉とピーマンのコチジャン炒めを作り、私もそれに合いそうな鯛サラダを作った。もう10年以上前アメリカ人の知り合いに食事に誘い友達も連れてきていいよと言ったところなんと5名も連れてきてびっくり!料理も足りないくらいだったがちょうどほかの友人の笹の葉寿司のお土産でなんとか事なきを得たことがあった。その時好評だったのがこの鯛サラダで醤油とごま油であわせ、生姜とにんにくをあわせたたれでいただく物だが今日は韓国ふうに紫蘇にコチジャンをのせ鯛の刺身と野菜を載せてたれなしで頂くととても美味しかった!りーさんがつくってくれたのはなすとピーマンと豚肉をごま油で炒め2種類の韓国調味料とあわせ味噌を使って味付けしたものと豚肉に人参、ピーマンを挟んであぶらで炒め最後に柚子ポンでいただくものでした。デザートは試作も兼ねたpetit pot de creme の紅茶味とキャサリン持参のアイスクリームでした。前回の何チャってタイカレーも大好評だったが今日も本当に美味しかったー。次回はキャサリンが本場の餃子を皆で作るそうであるのでそれも楽しみである。
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by vanve1013 | 2010-01-31 19:55 | 簡単で美味しい料理 | Comments(2)
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今朝長崎の友人のyasuyoさんから来月行われるランタン祭りのパンフレットとカステラを送ってきました。
長崎在住の架橋の人々が中国の旧正月の祭り(春節祭)を祝うための行事にあわせて、ランタン(中国提灯)を飾ったことから長崎新地の中華街からひろがり、今は一大風物詩になっている。パンフレットをみて驚いた。14日から28日まで各会場(6箇所)でさまざまなイベントがありいつ行っても面白く過ごせそうである。私も昔モントリオールで中国人の友人の店の前で春節に蛇踊りを初めて見たときは驚いた。日本の正月と同じで子供たちはお年玉をもらうのよと言っていた。やはり春節は中国人にとっては重要な、そして楽しい祝祭日のようだ。前から行きたいと思っていたので長崎に友達がいて案内してくれるのは何より嬉しい。
そしてカステラは老舗の菓子屋梅寿軒製のものである。子供の頃はカステラは高級でなかなか食べられないものであったがある時祖母が買ってきたカステラを茶棚においてあったので、底のザラメのところをそーっと食べたのだが、今から思うとバレバレなのに祖母は一度も怒ることもなかったが時々カステラの底の溶けないで残っているザラメをみると子供の頃を想いだす懐かしいお菓子である。有難うね!yasuyoさん!
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by vanve1013 | 2010-01-29 21:09 | 日記 | Comments(0)

 森瑤子のオカカサラダ

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30代の後半、夫や子供たちの世話など忙しく、自分のことが儘ならず悶々としていたとき、森瑤子さんの本に出会った。彼女の本はほとんどよんだと思う。彼女自身の言葉がまるで自分の事のように切々と訴えかけてくるように語られ、いたく共感を覚えたものだ。本の中に出てくる登場人物、ファッション、背景、食べ物などなど想像するだけで楽しく、憧れたものだ。残念ながら50代で亡くなられたのだが、彼女は料理の撮影をおえた直後なくなられたそうである。作家で料理の上手な人は多いが彼女の料理は本格的である。この本には凝った料理から簡単に作れるおかず迄のっているが、我が家の定番になっているこのオカカサラダはよく作るが結構評判もいい。作り方は簡単である。キャベツの千切りにおかかとねぎをのせサラダオイルに梅干の裏ごしと薄口醤油を少々のドレッシングをかけるだけで出来上がり!私はいつもそれにチリメンジャコをゴマ油でいためたカリカリジャコとのりを加える。和風にも洋風にも合う1品だと思う。久しぶりに本を開くと又作りたいものが出てきた。サーディーンの缶詰を使った簡単どんぶりこれも美味しかった!近いうちに作ろう。
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by vanve1013 | 2010-01-27 19:30 | 簡単で美味しい料理 | Comments(0)
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NHKの朝の番組で大根の甘酒漬けをみて早速作ってみた。しかし私が見たときは漬けるたれの分量のみだったが、後は自己流で大根を塩付けしてたれにつけこんだ。余り期待はしていなかったがこれはおいしー!!大根のべったら漬よりも甘さ控えめな上品な味になった。その後本当の作り方を知りたくて探していたが、やっと見つけた。名前はなた漬という。私のやり方はそうとう手間を省いたものだったがそれでも美味しくできた。そういえば先日甘酒に味噌をいれて鮭をつけこんだものをY様から教わったが酒粕はなかなか食品としても栄養もあり買っておけば重宝するものだ。
もう一つの食物は先日下関に行った折村田蒲鉾店へ寄って買ったじゃこ天とめんたい天である。これがまたおつまみにも、おやつにも、おかずにもなるおいしさであった。口の中でぷちぷちとはじける触感がたまらくもっと買ってくれば良かったと思うぐらいだった。ここの蒲鉾は有名だそうで今日近くの大型スーパーでは蒲鉾を売っていたが値段もふつうの2倍以上していた。しかし私の求めていたものは売っていなかった。またデパ地下の楽しみが出来た。
なた漬けの作りかたはNHKのホームページからコピペしました。

なた漬けの作り方はこちらへ
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by vanve1013 | 2010-01-26 20:59 | 簡単で美味しい料理 | Comments(0)

日帰りツアー後記

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1月23日は日清講和会議で有名になった春帆楼でふぐを食すというK社の日帰りツアーを申し込んだ。母も一緒に申し込んだが直前に寒くなりキャンセルしたので一人参加であった。しかし下関について初めて自分が勘違いしていたと気がつく。建物は戦争で全焼して新しく建て直したものでそれも昔の割烹旅館の面影もなく今風の鉄筋コンクリートの旅館であった。昔の面影は敷地内に講和記念館があり展示場に日清講和条約が締結された居間が再現されていただけであった。ふぐ料理もツアーとなると温かいものも冷えていたり、生温かかったりでそれほど感激するものでもなかった。私は料理よりも歴史ある建物を見たかっただけに正直がっかりした。その後赤間神宮、長府の毛利邸、町並みを見学した。前回一人で長府の町を散策したが今回はボランティアの方が丁寧に説明され坂本竜馬の話しや高杉晋作が決起したときの様子などとても興味深く面白かった。こういう日帰り旅行では余り昼食を期待しない方が良さそうだ。それにしてもふぐは美味しかったが冷めたから揚げはいただけないなー。
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by vanve1013 | 2010-01-25 21:22 | 日記 | Comments(2)

 旧県公会堂貴賓館

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明治43年(1910)3月に建設された国指定重要文化財旧県公会堂貴賓館は数少ない明治時代のフレンチルネサンスを基調にした木造建築である。数年前デジカメ教室で撮影会で訪れたことはあったが、偶然新聞で昨年の9月からその建物内にレストラン(JACQUES MONOD)を開業したとの事を知りPC友のKさん,Yさんと久しぶりにランチを一緒にした。予約を入れてあったので窓際の良い席だったのは良かったがコース料理の間がながーく最後のデザートまで行き着くのに時間のかかること!しかし久しぶりに会う私たちはおしゃべりに夢中で楽しく過ごせた。そのあとキャナルシティーで買い物をして帰宅した。メインのエゾ鹿の赤ワイン煮は好みがそれぞれあると思うけれど私は可もなく不可もない味であった。それよりも野菜の付けあわせが10種類ぐらいありその一つ一つが丁寧な調理で美味しかった。天神アクロス横の中央公園を抜け中洲の方へ向かって行く手前のところにある。東側がレストランの入り口になっていた。今日の昼間のコースは2300円と他には千円前後でコーヒーとデザートもついているメニューもある。電話092-724-8800

料理の写真はこちらへ
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by vanve1013 | 2010-01-19 22:09 | 日記 | Comments(0)

1月17日 オーロラ

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もう20年近く前、鹿大の医学部某名誉教授からオーロラの映像を見せてもらったことから、死ぬ前までにはオーロラを見たいとずーっと思ってきた。その先生は御歳80歳を越えておられたにもかかわらず若い友人をともなって行かれた。なんと退職金のほとんどを海外旅行に使われたようで北極、南極は勿論何十カ国を廻られた話しを面白おかしく聞いたものである。
私もやっと今年は実現できそうな気配である。昨年の海外旅行では準備不足や行き当たりばったりで決めたのでかなり強行スケジュールだったが今回はしっかり下調べをして万全の注意を払って出発したいものである。その話しを長崎のyasuyoさんに話したら昨日高速を飛ばして話しをしたいと来られた。昼は数日前作った何ちゃってタイカレーもあるし夕方まで話合いをして申し込んだ。オーロラは自然のものであるので必ず見れるという保障はないが見れなければ又秋にいけばいいと思っている。一昨日は久しぶりに天神へ出て前から欲しかった世界地図をかってこれから行く北欧の場所を調べたり、今まで行った都市にマーカーで線をひいていくといろいろの想い出がよみがえってきた。
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by vanve1013 | 2010-01-17 12:52 | 日記 | Comments(0)

 雪

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今日は福岡は寒波の嵐に見舞われ、あちこちにトラブルが起こっている。一日中、降ったりやんだり、お日様が出たと思ったら又吹雪である。どうも明日の朝まで雪が降るらしい。16日から10日間は今度は穏やかな日になるというので一安心である。今日は先日リーさんが作ったタイカレーを真似て作ったが全く同じにはならない。又電話で聞いてみると私のカレーは何チャってカレーだから本当のタイカレーではないのよ!との事。でもでもすごーく美味しかったのである。香りも娘がフランスから送ってくれたタジン用のスパイスに似ていたので入れるとそれに近くはなっても、でも何かが足りない。やはりタイのみかんの葉っぱが入れてないのが原因かと思い岩田屋に電話で聞いてみるとタイカレーセットなるものが売っていて乾燥ハーブもついているらしい。お天気が良くなったら買いに行こう。又鍋いっぱいのカレーが出来てしまった!
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by vanve1013 | 2010-01-13 21:12 | 日記 | Comments(2)
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日本語クラスの友の会が私宅で集まるのでイズミール会とだれかが名ずけた。今回で3回目である。今日の出席は自称ミセスリー、ミスターシスコ、ジョセフィーヌと私の4名だった。。今日はミセスリーが自慢のタイカレーを作ってきてくれた。本当に美味しかった!!タイカレーはものすごく辛いと思っていたがマイルドで辛味も後でしっかり感じて辛いのが苦手のジョセフィーヌもおいしーと喜んでいた。おしゃべりに夢中で作り方を彼女が帰宅してから聞いた。まず肉(もも肉)で出しをとっておく。鍋に野菜をいれ炒めささみ、もも肉をいれココナッツミルク、ハーブ、だし汁を入れ最後にカレー粉(彼女は辛口の固形カレーの素)をいれて出来上がり!でした。独特の香りはいろいろ入っているタイのハーブ(バイマックル、レモングラス、その他??)だ。まだ鍋の中に半分残っているのでもう一回パーティーが出来るなーと思っているとなんと!!GOOD TIMING!!このブログを書いている時、電話が入り鹿児島から友人のkatagiriさんが来られることになった。私はその他カナッペ3種、スクランブルエッグとレバーのポルトソース、デザートはCreme Caramelを作った。ワインはシャブリを選んだ。

今日のメニュー
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by vanve1013 | 2010-01-09 19:30 | 簡単で美味しい料理 | Comments(0)

フランス料理と私

パリへ 

1987年夫の留学先であるパリに着きました。今回は長男は大学生、長女は大学受験を控えていたので、次男のbunだけを連れてきました。
短期留学のため研究所の用意した13区にあるvisiter用のアパルトマンに滞在することになりました。最初は生活に慣れることや子供を現地校に入れること、滞在許可証の手つずきにあっという間に時間が過ぎました。パリの学校は働いていない親の家庭は昼食はj自宅でとるので朝、昼そして帰宅時間と往復3回子供を向かえに行かなくてはならず忙しい毎日でした。
少し生活が落ち着くと、それでもせっかくパリに来たので何かしたいと思い、あるフランス語学校を近所に見つけました。それがフランス料理との接点になるとは思ってもいないことでした。そこで知り合ったAさんはその頃コルドンブルー(有名料理学校)に通いながらフランス話を勉強しに来ていた人で、あの有名なアメリカ映画オードリーヘップパーン主演の麗しのサブリーナの舞台になったところです。その彼女が見学にきませんか?とさそってくれたのです。そして新築になったばかりの12区にあるコルドンブルーに出かけました。学生たちに混ざって階段教室の中で講義を聞きながら、今まで悶々として暮らしていた私でしたが初めて私の求めていたものは料理だと確信しました。、そして帰国したら料理の先生になる決意をしたのでした。子供の学校のこと、授業料のことなどで絶対反対されるに違いない夫の闇の声が聞こえていましたが、逸る気持ちを抑えることはどうしても出来ませんでした。

コルドンブルー

 フランスの料理学校は学生として登録していなくてもvisiter制度で同様に授業を受けることが出来ます。日本の料理学校にはないシステムなので授業料を出せば学生と同じクラスで見学出来ます。私は子供の学校に行っている間はほとんど通っていました。夫には反対されると思い内緒にしていましたが、実家から送ってもらったお金もあっという間になくなりかけ、3ヶ月が過ぎようとしていた頃でした。息子が学校でいじめにあい、大きなこぶを作って帰宅したので夫と私はすぐさま校長に抗議しましたが結局埒が明かず日本人学校へ転入することになりました。
初級のコースもほとんど受講し、いよいよ中級かと思っていた矢先いつも同じクラスにいるKさんがホテルリッツが今度料理学校を作るそうですよ、一緒にいきませんか?と誘われました。またもや幸運の女神が私に微笑んでくれたような気がしました。このままコルドンブルーにいても証明書はもらえても卒業証書はもらえないと分かっていたので、早速その翌日にあの有名な5つ星ホテルリッツの出来たばかりの学校を見学に行きました。しかし問題は高額な授業料、どうしても夫に頼むしかないと思いその晩初めて夫に今までの事情を打ち明け、帰国したら料理の先生になって働いて返すからというと水臭いこと言うじゃないか!といってすぐさま小切手をきってくれました。これで試験に合格すれば夢のディプロームを持って帰国できる!!このときはもう天にも昇る心地でした。


ホテルリッツへ
 
これで夫の了解もしっかり取り付けていよいよスタートになったのは1988年の4月でした。滞在期間もあと3ヶ月に迫っていました。
息子が現地校から日本人学校へ転校したのも私にはラッキーでした。それというのも料理学校は朝9時から夕方6時まであり、息子を日本人学校に連れて行けば昼2時までは学校にいることが出来るからです。その後はベビーーシッターが迎えに行き、私が帰宅するまで見てもらうことにしました。
パリは4月といえども朝家を出るときは真っ暗で、地下鉄6番線に乗ってトロカデロの日本人学校まで息子と通学するのが日課になりました。ようやく明るくなりかけるのはちょうどエッフェル塔を過ぎた8時頃でした。学校まで息子を送った後、地下鉄を乗り換え料理学校に到着するとすぐ地下室で制服のズボンとエプロン、ネクタイと帽子を受け取り、すばやく着替えて授業が始まる毎日でした。午前中は前日の講義の実習から始まり午後は講義がありましたが、英語の通訳つきだったのでこれもフランス語の出来ない私には幸いでした。。朝は6時に起きて子供の弁当を作り、朝食のしたく、子供を学校へ送り、帰宅して夕食と片ずけそして当日の授業の復習のノート整理と6週間毎日このような生活が続きました。43歳の私はそれでも夢に向かって必死でした。

最初の授業

 パリ ヴァンドーム広場に面したHotel RItzは1898年セザールリッツによって創立されたルイ14世風の典雅なホテルです。帝国ホテルの元総料理長だった村上信夫さんが若い頃修行されたレストランの厨房は地下の料理学校の真向かいにありました。いよいよ最初の授業が始まることになりました。学生はここの料理学校に誘ってくださった日本人のKさんと私、ほかに台湾人、アメリカ人、カナダ人イギリス人と国籍もバラバラで計6名でした。
シェフのボンジュールの挨拶から始まり、午前中は前日の講義の実習があります。小人数制のため一人ひとつのテーブル、コンロ、道具を与えられとても充実した環境の中で雰囲気も和気合いあいでスタートをきりました。そしてお昼は午前中作った料理をフルコースで頂きます。午後は翌日の実習の講義が英語の通訳つきで進行していきますが毎日お昼にワインをのむせいか睡魔に襲われ、その声が子守唄に聞こえることも度々でした。。日本人のKさんは東京の国立大学の工学部出身で脱サラして青森でレストランを営むオーナーシェフの男性で、年齢も近いこともあり何かと心強い存在でした。

卒業試験

 いよいよ卒業試験が迫ってくると生徒もシェフにも張り詰めた空気が漂い、ついに1週間前に今まで習ったレシピーの中から18品目が発表になりました。試験の当日、試験内容を書いた封筒の中から自分で引いて、内容が始めて分かるようになっていました。それから、帰宅してその18品目の中から自信のない料理を作る毎日でした。
試験の日もいつもと変わらず、授業があって午後から実習試験が始まりました。私とKさんは2番目のグループで3時間待機することになりました。最初のグループのアメリカ人とカナダ人の友人は試験を受ける厨房に入っていく時に、まるで死刑台に上る気持ちだわーと云うほど緊張していました。そしていよいよ私たちの順番がやってきました。
私の試験内容はひらめのタルタルソースとグリンソース添えとシュークリームの白鳥とバスケットの2種類でした。
ひらめを5枚おろすのに手がぶるぶる震えてなんと1時間半の制限時間の内30分も費やしてしまいました。やっとその後は落ちつきを取り戻し、後半のデザートも時間内に出来上がりました。試験官も時々見に来る程度でKさんと話をしながらだったので気持ちは楽でした。ホテルのや隣のレストランのスタッフで採点され無事全員合格できたのを告げられたのは夜の11時でした。帰宅すると夫も心配して寝ないで待っていてくれその夜はワインで乾杯しました。今でもこの時の感動は忘れられなく、リッツの料理学校の第1号の卒業生であることを、自慢にならない自慢をしている私です。

フランス料理と私 その2
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by vanve1013 | 2010-01-05 15:39 | フランス料理と私 | Comments(6)